AIに読書感想文を書かせてはいけない??
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2022年末から、Webやテレビでも Chat GPT が話題に上らない日はありません。
この5月に開催されるG7でもAIの使い方のルールを各国首脳で検討するほど、人類の重大関心事になっています。
AIの利用でいつも話題になるのは、「読書感想文をAIにやらせるのはけしからん!」論。
読書という苦行をラクしてやってはいけないという主張です。
誰だって読みたくない本を読むのはつらいし、書くのはもっとつらいもの。
でも、オトナは子どもに強制してしまっています。
本来、教育というのは自主的な学びを喚起させるものです。
個性に応じた知識や考え方を深めるための支援が教育でしょう。
誰にとっても、新しい知識や考え方を知るのは楽しいことです。
何にも興味のない子どもなんていません。
頭ごなしに、宿題として「コレ読んで感想書いてこい」では、読書に興味を持てないだけでなく、それ自体を嫌にさてしまうかもしれません。
読書が楽しいと思えるように促すのが教育の役割のはず。
書籍は人類の叡智の結晶ですから、読む価値はあります。
その点、読書感想文の宿題は、本が嫌いな子どもを量産していると思わざるを得ません。
読書感想文をAIに聞いて、興味が持てそうなら原文を読んでもいいのではないでしょうか。
だから、たくさんの読書感想文をAIに聞けばいい。
実際に読んでみて、AIの感想とはずいぶん違うと感じるかもしれないし、もっと他の本を読んでみたくなるかもしれません。
さらに、本の中だけではなく、実際に手や体を動かして試したくなるかもしれません。
読書で得た感動を、リアルな体験にしてこそ意味があります。
読書感想文のような超絶つまらない作業を、教育の名のもとに押し付けるのは、「オレらの時代は~だった。だからお前もやれ。」という部活のイビリに近いもの。
だって、教諭だって親だってそんなに本を読んでないでしょう?
たくさんの本を読む親なら、きっと家にたくさんの本があるでしょう。
子どもは自然とその本を手にとって読んでいるものです。
面白ければ、誰に指図されなくても読む。
どんどん読む。
新しいテクノロジーは、新しい使い方があります。
古いやり方のまま、新しいテクノロジーを組み込んでも新しい価値は生まれません。
シリコンウエハーは、集積回路に使ってこそ意味があり、それを石板に使ってもどうしようもなく効率が悪いのです。