藤元健二さんはタマシイで参加していたと思います
Views: 3294
2017年3月31日に亡くなった藤元健二さん。
その一週間後,4月7日には「藤元健二さんの初出版を祝う会」が予定されていました。
ALSとガンという,一つだけでも大変な病になりながらも,視線入力で紡いだ「閉じ込められた僕」。
- 閉じこめられた僕 - 難病ALSが教えてくれた生きる勇気(中央公論新社)
私は知り合ってから3年と,ごく短いお付き合いでしたが,藤元さんのパーソナリティにはいつも刺激を受けていました。
去年11月,初めてご自宅を訪問したのを昨日のように思い出します。
- 富士山の麓に住む富士元さん、いや藤元さん (2016年11月13日)
この時は,末期のガン患者であることがウソのような元気なお姿でした。
もちろん,その時の心模様のすべてを推し量ることはできませんが,少なくとも見た目には普通の元気なALS患者さんだったのです。
視線入力装置 Tobii I-15をバリバリと使いこなしており,Facebook のいいね!を誰よりも早く押してくれる方でした。
きっと,パソコンが使える日は,何十人何百人の方にそうしていたのでしょう。
おそらくは,世界で一番「いいね!」を押しまくったALS患者さん。
間違いなし!
出版記念パーティーには,実に100名以上の方が集まったといいます。
当初,招待された人だけが参加できるとのことでしたが,ありがたいことに招待していただきました。
藤元さんの笑顔が見られるだろう4月7日をほんとうに楽しみにしていました。
一人の人間が紛れもなく命をかけた本の出版記念パーティーです。
さらには,念願の帝国ホテルでのパーティー。
そこまで思いの詰まったパーティーなんて,そうそうお目にかかれません。
日程が決まったとき,私は「インターネット放送を担当しますよ!」とお伝えしていましたが「せっかくの帝国ホテルなんだから,たくさん飲んで食べてほしいね」とのお返事。
その場を最大限楽しもうとしていたのでしょうね。
当日は,肉体で現れることのなかった藤元さんですが,きっとお部屋中を飛び回っていたに違いありません。
もしそうでなかったら,みんなの知る藤元さんではありません。
会場には同級生の方もたくさん集まっていました。メディアの方も多数。
赤いネクタイをしている方もいました。
まるで結婚披露宴に出かけるようなイデタチの方も多数。
この会は,うっかりお別れ会にならずに,ほんとうにもう正真正銘のお祝い会の雰囲気でした。
幹事の鈴木さん,すばらしい取り計らいだったと思います。
「喪服厳禁!」との指示でした。
藤元さんは,最後の最後まで抜かりはありませんでした。
間違いのないご友人たちで身辺を固めていたのです。
下の写真は全方位写真。
きっと,じっくり探せば藤元さんのタマシイが写り込んでいるはずです。
あれだけ熱望していた帝国ホテルのお祝い会。
この場所に来ないはずがないのです。
藤元健二さんの出版記念パーティー(2017年4月7日) - Spherical Image - RICOH THETA
あ,藤元さん愛用の Tobii I-15,どこに行くのかな。
どなたか,きちんと使ってくれる患者さんにでも渡るといいかもですね。
私が心配することではありませんが(^_^;)