おちこぼれ人生と成功体験
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思い返せば、私のほとんどの人生はまさに落ちこぼれとして過ごしました。小学校2年のときに、すでに担任からは「落ちこぼれている」との評価。
確かに、国語の業者テストなどでは、上段の長文など読んだことなかったし、授業はほぼ聞かず、飛行機図鑑などを持ち込んで空を眺めていたりしました。
でも、理科や工作だけは大好きかつ得意でした。
小学校4年生のときにまゆ玉から生糸をつくり、自由研究として発表して担任に褒められたのが最初の大きな成功体験。
なぜか、観察力だけはあって、モノが粒(原子)でできていることを、ものを噛んだり針金を繰り返し曲げると猛烈に熱くなることから推定できました。
小6のころには計算は致命的に苦手なのに、専門用語でいう反発係数・重力加速度・放物運動を導き出すことができたのも成功体験。1988年頃。
でもやっぱり成績はかなり悪くて、中学生の時もほぼ落ちこぼれ。成績はほとんど「2」でした。
自由研究やDIYで作ったガスガンや爆竹銃はかなりの威力を誇ってしまい、公園での実験中に警察に通報される始末。学校の先生たちや親には申し訳なかったのだけど、私には大きな成功体験でした。
高校は、進学校とはいえない○神井高校。高校生活は記憶になく、2年生くらいからは日帰り旅の日々だったことくらいしか思い出せません。ただ、物理だけは偏差値70くらいは維持できていました。
中1、高1のころに買ってもらったPCで物理シミュレーションを作って遊んで、それだけで楽しかったのを思い出します。1989-1993年頃かな。
プログラムで物理現象を再現するのは、一見まるで地味でつまらなそうな作業ですが、私にとっては刺激的で夢を感じる成功体験でした。
大学受験では、つまらない科目は無理やり覚えて、1995年にギリギリ岩手大学へ。
いくつか発明をしてNHKホールで話したり、中国の李鵬首相と会ったり、いろいろテレビや新聞にでたりで面白い体験ができました。テレビって、中身よりガワの面白さを重視するんだなと痛感したのもいい経験。
大学では、何だかトロトロした授業がつまらなくて中退。。。
社会的に見れば、大学中退者は人生の落語者といって間違いありません。
過去の成功体験はこのときも私を支えてくれました。「自分が興味をもって取り組めば何でもできる」って。
その後、大学院に社会人枠で入学、民間会社で開発者や非常勤講師をしながらの通学。大した成果も出せなかったことから、とりあえずの目標としていた大学教員になるのにはとても苦労しました。
私の能力では、優秀な人たちの研究開発能力にはかなわないのです。まして、毎朝決まった時間に起きるのも苦手だから、会社でもロクに働けません。10年後、どんな生活をしているのだろうと、盛岡のきれいな夜空を毎日眺めていました。2008年ころ。
35歳のとき、30を超える大学を落ちてから、かろうじて大学教員になり、今は「好きなこと」だけに取り組んでいます(大学中退者の私を採用してくれた教授たちには感謝!)。
ワクワクするようなことに力を注げば、つねに結果は付いてくると信じた結果だと思っています。
2023年の今、47歳。5年目の肺がんステージ4のなか生きています。絶望はありません。なぜなら、人生のどんなことも、ロールプレイングゲームのひとつのイベントだと捉えているからです。
私という、うすらデカいキャラがゲームマップ上をノソノソ歩き、突然降りかかるイベントや王さまから与えられたミッションに取り組むゲーム。
そのミッションの結果のひとつとして、EyeMoTを世に出すことができました。
多くの「キャラ」からの協力もあり、今まさに次のステージへステップアップしようとしています。
人生のエンディングは誰にもわかりません。
結果がわかっているロールプレイングゲームなんて、ぜんぜん面白くありませんからね。